昨日の滝の轟音が、まだ耳の奥に残っている。まどろみの中で、そっと目を開けた。
窓の外には、青々と茂るジャングルの葉が、優しく風に揺れている。
レストランへ向かうと、朝食の香ばしい香りが漂っていた。

ふわりと焼き上げられたスクランブルエッグ、薄くスライスされたハムとチーズ、そしてトースト。マーマレードをたっぷりと塗り、ひと口かじる。甘酸っぱいオレンジの香りが広がる。
——今日は悪魔の喉笛に出会えるだろうか。
ふたたびイグアス国立公園へ。
トロッコ列車に乗り、売店やカフェが集まるエリアへ向かう。
昨日の大雨の影響で遊歩道はまだ閉鎖されたままだった。
ふと目に留まったボートツアーのチケット売り場。カウンターで尋ねると、滝のすぐ近くまで行くツアーがあるという。
迷うことはない。
バスに揺られながら、ボート乗り場へ向かう。スペイン語と英語が飛び交い、車内は明るい笑い声で満たされていた。
ツアーガイドがマイクを握り、
“Are you ready?”
と陽気に問いかけると、乗客たちは一斉に歓声を上げる。
バスを降り、ボート乗り場のあるイグアス川へ向かう。森の中を抜ける長い階段を降りるたびに、空気が少しずつひんやりと変わっていくのを感じた。
ボート乗り場の手前で、ライフジャケットを手渡される。すでにしっとりと濡れている。ふと周りを見渡すと、何人かの人はいつの間にか水着に着替えていた。
それを見て、少しだけ胸が高鳴る。
ボートに乗り込むと、エンジンがうなりを上げ、勢いよく水面を滑り出した。風が髪を揺らし、キラキラと舞う水飛沫が頬に当たる。
そして、目の前に——
悪魔の喉笛が現れた。

それは、巨大な水の壁。
滝壺から立ち昇る水煙が、太陽の光を浴びて金色に輝いている。流れ落ちる水は、濁った茶色。
けれど、その激しい流れの奥には、光をまとうように細かな水の粒が宙に舞い、空へと溶けていた。
轟音が身体の奥まで響く。
ボートがさらに近づくと、容赦なく飛び散る水飛沫が頬を叩いた。圧倒的な自然の力の前では、言葉すら浮かばない。

ボートは一度引き返し、別の滝へと進む。悪魔の喉笛よりは小さいが、それでも凄まじい勢いで水が流れ落ち、離れていても飛沫を感じる。
次の瞬間、ボートが滝に向かって加速した。
——そして、滝壺へ突っ込む。
全身に冷たい水が叩きつけられ、息をのむ間もなく歓声が上がる。水の勢いに押し戻されながらも、ほんの数秒、ただ滝の中に飲み込まれる。
その一瞬は、時間が止まったようだった。
そして、再びボートが勢いをつけて突入。
激しく流れ落ちる水の下、ただ笑うしかなかった。
バスに揺られながら、濡れた服のひんやりとした感触を感じていた。滝の轟音が、まだ耳の奥でかすかに響いている。
帰りはトロッコ列車には乗らず、ジャングルの中の遊歩道を歩くことにした。木々の間を抜ける風が心地よく、湿った土の香りがふわりと漂う。

遊歩道の真ん中を、ハナグマが歩いている。つぶらな瞳でちらりとこちらを見上げ、まるで「楽しかった?」とでも言うような仕草を見せる。その可愛らしい仕草に、小さく微笑んだ。
ゲートに着く頃には、シャツもズボンもすっかり乾いていた。スニーカーの中だけがまだしっとりとしていて、歩くたびにひんやりとした感触が伝わる。
振り返ると、イグアス国立公園の緑が静かに広がっていた。
滝の音は、もう聞こえない。
ホテルへ戻ると、ロビーの冷たい空気が心地よかった。部屋に入り、湿った靴を脱ぐ。ベッドに横たわると、遠くで虫の声が響いていた。
ジャングルの夜は静かで、優しい。
今夜はきっと、深く眠れそうだった。