色彩とリズムの渦の中にいる。
カミニートは、どこまでも鮮やかで、どこまでも強い。

赤、黄、青、緑——陽射しを浴びた鉄壁が、鮮やかに浮かび上がる。バルコニーには、トロフィーを掲げるサッカー選手の人形。壁面には、タンゴを踊る男女。彼らは、この街の誇りを静かに語っている。


広場の中央で、タンゴのダンサーがリズムに身を委ねていた。
黒いスーツの男性、真紅のドレスの女性。互いの視線が交差し、音楽に溶け込んでいく。風が吹き抜け、彼女のスカートがふわりと舞う。観光客のざわめきも、周囲の喧騒も、タンゴの旋律に飲み込まれる。
やがて、曲が終わる。拍手と歓声が広場に広がる。熱気の中、タンゴの旋律だけがしばらく空気に残っていた。
喧騒を抜け、港の方へ行ってみよう。
足元の石畳は、陽射しを受けて熱を帯びている。しばらく進むと、視界が開ける。水面が光を弾き、風が頬をかすめる。

ベニート・キンケラ・マルティンの像が、青い空の下に立っていた。その背後には、静かな港が広がっている。
色彩と喧騒の向こうにある、静かなラ・ボカ。ここには、観光の熱とは別の時間が流れている気がした。

港を後にして、再びカミニートの広場へ戻る。
ワインを飲もうと思った。カフェに入り、マルベックを注文する。


グラスの中で揺れる赤。舌の上に広がる、果実の甘みとほのかなスパイス。
カミニートの午後、陽射しは強く、それでも、どこか影がある。
メインの広場を抜けると、少し静かな一角に出た。
アコーディオンの音色が聞こえてくる。さきほどとは違う、穏やかなタンゴ。通りの一角の小さな広場で、一組の親子が踊っていた。
黒いシャツの男性と、白いワンピースの女の子。彼女はまだ7歳か8歳くらい。小さな手を父の手に重ね、小さな足でステップを踏む。
娘が一瞬戸惑う。男性が微笑む。
曲の終わり、男性が娘をくるりと回す。ワンピースの裾が舞い、彼女が小さく笑った。
小さな広場に拍手が広がる。娘は照れたように笑いながら、その腕に収まった。
タンゴの音色に、どこか懐かしい記憶が重なった。旅の途中で見るものは、ふとした瞬間に、いつかの記憶と繋がっている気がする。
カミニートの街角で、ほんの少し、時間が滲んだ。