出発の日の朝、荷造りを終えて街へ出た。
交差点の角にカフェがあるだけで、街はどこか穏やかになる。


ほんの少し滞在しただけなのに、自分にとってこの街が特別な場所になっていた。
思えば、この街で東洋人とすれ違ったことはほとんどなかった。
自分は、遠い国から来た旅人にすぎなかった。


二日目に訪れたレコレータ墓地の近くを歩き、モールの中のハバナカフェで最後のアルファフォーレスを口にする。
特別な甘さではなかったけれど、その何気なさが、この街の日常の深さを伝えてくれた。

やがてホテルへ戻る時間になり、セントロを目指して歩き出す。
街のざわめきに混じって、車の音が少しずつ大きくなる。

そして、7月9日通りに差し掛かったとき、
その街路樹に、咲きはじめたジャカランダの紫が揺れているのに気づいた。

一週間前に着いたときはまだ蕾だったのに──
その短いあいだに、確かに季節は進んでいたのだ。
信号が変わり、車が動き出す。

広い大通りを渡りながら、心だけはその場に置き去りにしていた。
──その紫に、またいつか出会える気がしている。