夕方、セントロ地区のホテルを出て、ダウンタウンのビル街を抜ける。坂を下りしばらく歩くと、視界がふっと開けてくる。
プエルトマデロ。
運河沿いに洗練された空気が流れる、ブエノスアイレスのベイエリア。

赤レンガ調の建物が並ぶ大きな通りに差しかかるころ、空気の色が少し変わった気がした。


水辺の街に、ゆっくりと夜が訪れる
そこからしばらく歩くと、視界がふっと開け、運河沿いに出る。

赤レンガ調のレストランや、ガラスを多用したモダンな建物が立ち並び、その前にはまっすぐな遊歩道が伸びていた。
かつての港湾地区は洗練された街並みに変わったが、当時の面影は今もそこここに残っている。

「女性橋(プエンテ・デ・ラ・ムヘール)」が弧を描くように架かっている。白く細身のシルエットが、夕暮れ時のプエルトマデロに溶け込んでいた。

その先に、一隻の帆船が目に入った。ARA プレシデンテ・サルミエント。19世紀末に建造され、かつてアルゼンチン海軍の練習帆船だった船。今は静かに水辺に佇み、夜になるとイルミネーションが灯る。白い船体の上に張り巡らされたロープ、三本のマストが闇の中に伸びている。微かな波が岸に寄せる音が響く。

ブエノスアイレスの夕暮れは、ゆっくりと色を変える。オレンジからピンク、やがて深い青へ。街の喧騒が遠のき、水面に光が揺れはじめる。
プエルト・マデロの夜、静かなイタリアンで締めくくる
水辺をしばらく歩いたあと、柔らかな明かりに誘われて小さなレストランに入る。Il Gatto──ブエノス・アイレスに到着した日の翌日にランチをとった、ホテル近くのイタリアンの支店だった。


料理は、彩り豊かな野菜のパスタ。ブロッコリー、パプリカ、ズッキーニ。
素材の味が引き立つ、やさしい味わいだった。

食後のカフェラテは、キャラメル色のグラデーションがきれいで、ミルクの甘みが静かに広がった。
カップをそっと置き、席を立つ。
夜風が頬を撫で、水面に揺れる灯りが静かにきらめいていた。