2023年11月 アルゼンチン旅行記|⑵ ブエノスアイレスの午後 / レコレータ墓地とエル・アテネオ

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朝遅く、シーツの感触を確かめながら目を覚ました。まだ眠りの余韻が肌に残っている。

旅の計画を立てるとき、ブエノスアイレスの数え切れないほどのホテルに、「お手洗いでは紙を流しても大丈夫ですか?」とメールを送った。何度か繰り返したやりとりの中で、このホテルが最も早く、そして明確にこう答えてくれた。

“Yes, you can flush toilet papers in any of our guest rooms’ toilet.”

迷う理由はなかった。

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ホテルを出て、ゆっくりと街を歩く。まだ朝の空気がほんのりと冷たく、通りの隅に残る昨夜の気配が微かに漂っている。

南米の都市でイタリアンを

ホテル近くに、カジュアルなイタリアンレストランを見つけた。ブエノスアイレスのイタリア料理は美味しいと聞いていた。

木製のプレートの上に、熱々のピザが運ばれてくる。厚みのある生地の上に、とろけるチーズとトマトソースが広がり、オリーブとバジルが鮮やかに添えられている。ゆっくりと噛み締めながら、目の前の景色を眺める。

ここは南米の都市。けれど、ふとした瞬間に感じるのは、どこか懐かしいヨーロッパの香り。ブエノスアイレスでの最初の食事は、期待を裏切らなかった。

カプチーノのミルクの泡がなめらかに溶けて、ほのかに香るエスプレッソの苦味がちょうどいい。

旅は始まったばかり。 

https://linktr.ee/il_gatto_trattorias

ブエノスアイレスの静かな記憶——レコレータ墓地

時間の流れが、少しだけ柔らかくなる瞬間がある。

たとえば、静かな午後。

たとえば、陽射しの中で木々の影が揺れるとき。

レコレータの公園に着いたとき、ふと足を止めた。芝生の緑が、空の青と溶け合う。白い教会の塔が、ゆるやかな時間の中に佇んでいる。

“Requiescant in pace.”

安らかに眠れ、と刻まれた石碑の下を通り、陽射しを受けて鈍く光る白い霊廟の間を歩いた。花が手向けられた墓、黒い鉄格子の扉、刻まれた名前。

そこに眠る誰かの人生を思う。

ひんやりとした空気の中、鳥の鳴き声が響く。

エビータの眠る墓の前で立ち止まる。「アルゼンチンの母」と呼ばれた彼女の名は、今もこの国の人々の記憶に刻まれている。

写真に収めようと、スマホを取り出しかけて、やめた。

ここに眠る人たちの静けさを、シャッター音で乱したくなかった。写真には残さない。ここで感じた空気は、そのまま記憶に刻む。

ゆっくりと門を出る。

外に出ると、レコレータの空が、さっきよりも少しだけ広く感じられた。

Cementerio de la Recoleta
Más de 90 bóvedas han sido declaradas Monumento Histórico Nacional.

世界で二番目に美しい書店、エル・アテネオ

通りを歩くと、白いファサードの建物が見えてきた。

エル・アテネオ。劇場だった場所が、今は書店になっている。

扉をくぐると、光の落ち方が少し変わった。天井の高い空間、赤いカーテン、シャンデリアの灯り。

バルコニーに沿って階段を上る。視界が広がるたびに、本の森が深くなる。

吹き抜けの空間に、ページをめくる音が静かに響いていた。誰かが本を開き、誰かが棚の前で足を止める。劇場だったころ、ここでどんな物語が演じられていたのだろう。今も、その名残がどこかにある気がする。三階まで上がると、建物全体が見渡せた。

劇場の記憶を纏いながら、本たちは静かに並んでいる。ここでは、物語は語られず、ただ待っている。読む人が現れるのを。

そう思うと、この場所はやっぱり、劇場のままだった。

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マルベックの余韻

夜、ホテル近くのバール。

メニューを開くと、ワインリストのスペイン語が目に飛び込んでくる。迷っていると、若い女性店員が微笑みながら尋ねた。

「White or Malbec?」

赤を飲むなら、マルベック。この国のルール。

グラスに深いルビー色の液体が注がれる。果実の甘みと、スパイスの余韻。昼間の陽射しとは違う、静かで確かな熱が喉の奥を滑っていく。

テーブルの上には、たっぷりのトマトソースを纏ったラビオリ。ゆっくりと噛みしめると、ハーブとチーズの風味が広がる。

誰かの低いスペイン語。ゆるやかに流れる時間。

翌朝は早いフライト。それなのに、このバールの居心地が良すぎて、夜更かししてしまう。

——グラスの中のマルベックが、少しずつ減っていく。

Restaurante - Linkfly
Gastronomía, barra de café, bar y cocteles 🍸
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