シーツの感触が心地いい。ゆっくりと目を開けると、窓の外はまだ淡い光に包まれていた。ブエノスアイレスを離れ、これから3日間、ジャングルの奥へ向かう。
ベッドの上でスマートフォンを開くと、アルゼンチン航空からのメール。フライトはディレイ。8時25分の出発予定が、11時40分に変更されていた。でも、せっかくできた時間、少し街を歩いてみるのも悪くない。
早朝のブエノスアイレス
シャワーを浴びてホテルを出る。朝の静けさに包まれた7月9日通り。澄んだ青空に、オベリスクの白がくっきりと映えている。まるでアルゼンチンの国旗みたい。



カフェはどこも閉まったまま。唯一開いていたマクドナルドへ。カフェラテと、砂糖のグラッセがかかったクロワッサン。2階の窓際の席に腰を下ろし、通りを眺める。ラテンのリズムが動き出す前の、静かな時間。カップに口をつけると、温かいミルクの甘さが広がった。

2泊分の荷物を小さなバッグに詰め、残りの荷物はホテルのフロントへ預けた。スタッフの女性が笑顔で送り出してくれる。
青い機体でプエルトイグアスへ
タクシーに乗り込む。海沿いの道を北へ進み、やがて視界に広がる青い機体。ホルヘ・ニューベリー空港。

搭乗までの時間、ロビーの椅子に身を預ける。ガラスの向こうに広がるラ・プラタ川の水面に、陽射しが眩しく反射している。

11時40分、今度は予定通りに離陸。アルゼンチン航空の小さな機体、3+3列のシート。機内は少し古びているけれど、そのレトロな感じがどこか温かい。短いフライトだから気にならない。
東京を出発する前、ニュースで見た。
「イグアスの滝最大の見どころ『悪魔の喉笛』は、激流の影響でブラジル側が立入禁止。アルゼンチン側では28日から国立公園自体が閉鎖。」
画面越しに映る濁流を見ながら、それでもどこか楽観的だった。まだ数日ある。そのうち水も引くはずーー。そう思っていた。
でも、どうだろう。
ブエノスアイレスを出発して2時間、プエルト・イグアスの空港に着陸する直前、視界の端に白いものが見えた。大地から立ち昇る水飛沫。
間違いない。
あれが、イグアスの滝だ。
思わず息をのむ。
飛行機が滑走路に降り立つ。タラップを降りると、空気が違った。湿度を含んだ熱帯の香り。強い陽射しが肌を刺す。
タクシーに乗り込み、イグアス国立公園へ向かう。道路の左右には深い森が広がっている。

イグアスの滝国立公園。ゲートをくぐると、観光客のざわめきと、どこか懐かしい木の香りがした。
轟音と虹、濁流の滝

滝へはトロッコ列車で向かう。レトロな車両、開放的な窓。風が頬を撫でる。ジャングルの奥へ進むにつれ、湿った空気が肌にまとわりつく。
列車を降り、年配の観光ボランティアに尋ねる。流暢な英語で答えが返ってきた。
「悪魔の喉笛への遊歩道は閉鎖されたままだよ。」
やっぱり…。
でも、まだ明日もある。今日は行けるところまで歩こう。
滝の音がどんどん近づいてくる。足元の木の板が微かに震える。
視界が開けた瞬間ーー
目の前に広がっていたのは、轟々と流れ落ちる濁流。


茶色く濁った水。その上を白い飛沫が舞い、さらにその上には、虹がかかっていた。

これが、イグアスの滝。
想像していた景色とは違う。でも、悪くない。むしろ、この激しさが圧倒的で、ただただ見入ってしまう。

水しぶきが肌を濡らす。滝の轟音が体に響く。流れ落ちる濁流を、ただじっと見つめていた。
日が傾く前に、ホテルへ戻る。
チェックインを済ませ、部屋へ向かう。バルコニーに出ると、見渡す限りの森。鳥の声が微かに響いていた。

シャワーを浴び、荷物を整理する。長い一日だった。ベッドに沈み込むと、静寂が体を包み込む。
遠くで鳥の声が微かに響くのを聞いた気がする。まぶたが自然と落ちていった。