2023年11月 アルゼンチン旅行記|①エミレーツで36時間、地球の裏側へ

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地球の裏側の街を訪れてみたくなった。

まだ見ぬ景色、まだ歩いたことのない道。遠い南米の空の下に広がる世界が、どんな匂いをして、どんな色をしているのか知りたくなった。

行き先は、アルゼンチン共和国、ブエノスアイレス。

夜の成田空港、旅の始まり

成田の夜は、わずかに湿気を帯びていた。

光の粒が遠く滲んで、冷えたガラス越しに映るエミレーツの機体。白い胴体に金色のロゴ、その向こうには、まだ手つかずの夜の闇が広がっている。

ボーディングブリッジを渡る足音。そのリズムが心地よくて、ほんの少しだけ目を閉じる。

飛行機に乗る前の、この緊張と高揚が好きだ。

機内の光は柔らかく、どこか夜の静けさに似ている。

エクストラレッグルームのシートに腰を下ろし、アメニティポーチを指でなぞる。ブルーの布地に描かれた動物のシルエット。ジッパーを開くと、アイマスク、靴下、歯みがきセットなど。どれも、小さな快適さをくれるもの。

エンジン音が深くなり、機体がゆっくりと滑走路を走り出す。ほんの数秒、世界が止まったような感覚。

そして、加速。窓の外に、金色の粒が流れていく。

旅が動き始めた。

食事が配られた。フォークを手に取り、ひと口。思っていたより優しい味。

食事が終わると、機内の明かりが落とされ、キャビンは仄暗い夜に包まれる。

12時間のフライト。眠ったり、映画を見たり、静かに本を開いたり。時間が曖昧に溶けていく。

ドバイで砂漠の朝にひと息

地平線が静かに白み始める。夜の名残を引きずる空の下、飛行機はゆっくりと降下を始めた。

ドバイ到着は早朝。滑走路に灯るライトが、まだ目覚めきらない都市の輪郭をぼんやりと照らしていた。

ターミナルの案内板には、青と白の文字が点滅する。パリ、ベイルート、ワルシャワ、そして、ブエノスアイレス。まるで空の交差点のようだった。

次の長いフライトまで少しだけ時間がある。ターミナル3内にあるスポーツクラブ、”G-Force Health Club”でシャワーを浴びることにした。ブースに足を踏み入れると、ほのかに清潔な香りが漂う。扉を閉め、水を出す。

G-Force Health Club

12時間のフライトでこわばった身体が、少しずつほどけていく。鏡に映る自分の顔は、どこか少しだけ旅人の色をしている気がした。

深く息を吸う。まだ旅の途中。

長い通路を抜け、搭乗口へ。いよいよブエノスアイレスへ向けて飛び立つ。再び、機上へ。

再び空へ、リオの向こうへ

モニターをつけると、インド洋を越え、アフリカ大陸を横断し、大西洋を渡る航路が映し出された。その先には経由地のリオ、そして最終目的地のブエノスアイレス。24時間のフライトが始まる。

窓の外には、見たことのない風景が広がっている。蛇行する川、青々とした森林、果てしないサバンナ。

地図の上でしか知らなかった大地が、今、眼下にある。

やがて、ブラジルの海岸線が見えてきた。機内アナウンスが流れる。「リオデジャネイロ到着まであと20分。」

機体がゆっくりと滑走路に降り立った。

リオで降りる乗客が席を立ち、機内に少し静寂が戻る。地上スタッフが乗り込み、燃料の補給や食事の積み込みが進められる。機体はブエノスアイレスまでの最後のフライトに備え、静かに整えられていく。

やがて、リオからの新しい乗客が乗り込んでくる。スペイン語とポルトガル語の会話が飛び交い、機内の雰囲気が少し変わる。

最後の空、ブエノスアイレスへ

飛行機が滑走路を離れ、リオの海岸線が遠ざかる。モニターのフライトマップを見ると、目的地までの残り時間は 3時間25分。

ふたたび南米の大地が広がっていく。

窓の外には、オレンジと青が溶け合う夕暮れの空。翼の先に灯るライトが、薄闇の中で小さく瞬いている。

やがて、機体がゆっくりと高度を下げ始めた。

遠くに広がる光の筋。交差する道路が金色の川のように流れ、都市の輪郭が浮かび上がる。

飛行機が高度を下げると、街の灯りが近づき、夜の帳の中にゆるやかに溶け込んでいく。

そして、タッチダウン。エンジンの音が徐々に和らぐ。到着のアナウンスが流れ、シートベルトのサインが消える。

夜に包まれたブエノスアイレス、エセイサ国際空港。ターミナルの明かりが窓の外に滲んでいた。

ゲートを抜け、長い廊下を歩いて入国審査へ。スタンプがパスポートに押される音が、小さく響く。ターンテーブルでスーツケースを受け取り、ターミナルの外へ出た。

南半球の夜の空気が優しく肌を撫でる。遠くでタクシーのクラクションが響き、行き交う人々のざわめきが交じり合う。ブエノスアイレスの鼓動が、静かに心の奥へと広がっていく。

タクシーは夜の高速道路を走る。窓の外に流れる街の灯り。

ダウンタウンが近づくと、白く輝くオベリスクが姿を現した。その瞬間、ようやくこの街のリズムが自分の身体の中に流れ込み始めた気がした。

ホテルの部屋に荷物を置き、窓の外を眺める。まだ眠らない街の気配。

ふと、胸の奥に、何かがほどけるような感覚があった。

——ここから始まる。

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