観光タクシーを貸し切り、朝の鶴岡を出発した。
車窓に流れるのは、稲穂が風に揺れる田園の景色。

庄内平野を進むうち、赤い大鳥居が姿を現す。車がその下を抜けた瞬間、まるで見えない境界を越えたような感覚が胸をかすめた。
やがて山の輪郭が近づき、森の入口が見えてくる。
車を降りると、空気が変わった。朱塗りの随神門をくぐると、頬をかすめる風が冷たかった。

杉並木の下、石畳の坂を下るたびに、足音がやわらかく森に溶けていく。

「爺杉」と呼ばれる巨木の前で立ち止まる。吹き抜ける風が、長い時間の重みを静かに伝えてくるようだった。
さらに進むと、木漏れ日の中に羽黒山五重塔が姿を見せた。

朝の光を受けて輝く木の塔。
金属の釘を使わずに組まれた木肌が、光を受けて、かすかに揺れていた。
タクシーに戻り、山頂へ。

出羽三山神社の三神合祭殿。

出羽三山には、それぞれの祈りがあるという。
月山は「過去」、死後の安楽を願う山。湯殿山は「未来」、生まれ変わりを祈る山。そして羽黒山は「現在」、いま、この世の幸せを祈る山。
三つの中で、やはり“現世”がいちばん大事なのだと思う。
静かな風、木々の匂い、遠くで響く鈴の音――その一瞬一瞬の中に、祈りの形があるように思えた。
鳥居の向こうには、抜けるような青空が広がっていた。
